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クリント・イーストウッド監督
2008年 アメリカ
1920年代のロサンジェルスを舞台にした、カフカ的不条理というにはあまりに生々しい現実に、子供を誘拐されたシングルマザーが翻弄される実話とかなんとか。
前作の「硫黄島からの手紙」を劇場で見損ねていたので、今回こそはと気合いを入れて、日劇あらためTOHOシネマズ日劇へとでかけた。 レディースデイなれど16:20からの回は予想通り他の回よりちょっとは空いていたようで、少し前の方だったけどいい席が取れた。でもやっぱり、窓口で席を決める全席指定システムってどうも苦手。
映画冒頭のロゴ・マークはいつものワーナーのものではなくてユニバーサル。
あとでパンフレットを読んでみたら、ユニバーサル所属のロン・ハワード監督(今回は製作)からお声がかかったのだとか。
主演のアンジェリーナのシンボルとも言うべき、そのコケティッシュな唇は当時の流行であった真っ赤なルージュに塗りつぶされていて、まずそれがモノトーンの画面の中で陰惨なくらいにどぎつい。 そしてまた、涙でどろどろに溶けた真っ黒なアイシャドウの中に見開かれた真っ赤な大きな目が、これまた恐ろしい。
最近のイーストウッド映画と同様、とても静かに淡々と物語は進行していく。サスペンス的要素に満ち、また社会派的なテーマでもあり、いろいろなことを感じさせられながら見ていたはずなのに。
アンジェリーナ演じるクリスティンは、電話会社で働くバリバリの「男勝り」なキャリア・ウーマンであり、社会や組織の中での身の振り方をわきまえている女性。ひたすらに己の感情を抑圧して不条理な罠にもじっと耐え、事態の好転をひたすらに祈っている。
その真っ赤な唇と大きな目。 次第に塗り込められてゆく黒い黒い闇。
だんだんとわけがわからなくなってくるこの感じをなんと表現するべきか。
やがて、唐突に訪れる、爆発、爆発、爆発。
そのカタルシスを微塵も伴わない、苦痛に満ちた大爆発に、きっと誰もが「許されざる者」の主人公マーニーを思い出したことだろう。ただ、その爆発の直後に静かなエンディングを迎えた「許されざる者」とは異なり、この映画はちっとも終わらない。 「すいませんでした。もう勘弁してください」なんて言ってもまるで無駄。 もはや「物語」を味わう余裕などどこにもなく、目の前に起きていく出来事を、引きずられるようになすすべもなく凝視するのみ。
・・・本当に、恐ろしい恐ろしい映画でした。
昔「許されざる者」を見たときに、「こんな恐ろしい映画を何度も見られる人たちの鈍感さが信じられない」なんて思ったりしたもんだけど、「ミスティック・リバー」や「硫黄島からの手紙」を経て、その度合はますます激しくなっている模様。もはや娯楽どころか芸術ですらないのかも。
「かつて『ペイルライダー』に胸躍らせ『スペースカウボーイ』に号泣した者も、今やただ成す術もなくひれ伏すことでしかイーストウッド作品と接することができなくなっている」とは、パンフレットに寄せられた黒沢清の一文。
自分がぶっ壊れちゃうかもしれないのが怖いけど、それでもやっぱりイーストウッドの映画だけは、ちゃんと劇場で見続けなくちゃいけないんだろうなあ。
次は「グラン・トリノ」だ。
関連外部リンク
「チェンジリング」オフィシャルサイト
クリント・イーストウッド関連のtext
アカデミー賞のクリント・イーストウッドクリント・イーストウッドのインタビュー番組「a Perfect World」「トゥルー・クライム」「ミリオンダラー・ベイビー」 〜七夕のハートウォーミング〜「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」 〜悲情から非情へと向う、ただ独りきりの行軍〜「グラン・トリノ」にうってつけの日
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クリント・イーストウッド監督
2008年 アメリカ
1920年代のロサンジェルスを舞台にした、カフカ的不条理というにはあまりに生々しい現実に、子供を誘拐されたシングルマザーが翻弄される実話とかなんとか。
前作の「硫黄島からの手紙」を劇場で見損ねていたので、今回こそはと気合いを入れて、日劇あらためTOHOシネマズ日劇へとでかけた。 レディースデイなれど16:20からの回は予想通り他の回よりちょっとは空いていたようで、少し前の方だったけどいい席が取れた。でもやっぱり、窓口で席を決める全席指定システムってどうも苦手。
映画冒頭のロゴ・マークはいつものワーナーのものではなくてユニバーサル。
あとでパンフレットを読んでみたら、ユニバーサル所属のロン・ハワード監督(今回は製作)からお声がかかったのだとか。
主演のアンジェリーナのシンボルとも言うべき、そのコケティッシュな唇は当時の流行であった真っ赤なルージュに塗りつぶされていて、まずそれがモノトーンの画面の中で陰惨なくらいにどぎつい。 そしてまた、涙でどろどろに溶けた真っ黒なアイシャドウの中に見開かれた真っ赤な大きな目が、これまた恐ろしい。
最近のイーストウッド映画と同様、とても静かに淡々と物語は進行していく。サスペンス的要素に満ち、また社会派的なテーマでもあり、いろいろなことを感じさせられながら見ていたはずなのに。
アンジェリーナ演じるクリスティンは、電話会社で働くバリバリの「男勝り」なキャリア・ウーマンであり、社会や組織の中での身の振り方をわきまえている女性。ひたすらに己の感情を抑圧して不条理な罠にもじっと耐え、事態の好転をひたすらに祈っている。
その真っ赤な唇と大きな目。 次第に塗り込められてゆく黒い黒い闇。
だんだんとわけがわからなくなってくるこの感じをなんと表現するべきか。
やがて、唐突に訪れる、爆発、爆発、爆発。
そのカタルシスを微塵も伴わない、苦痛に満ちた大爆発に、きっと誰もが「許されざる者」の主人公マーニーを思い出したことだろう。ただ、その爆発の直後に静かなエンディングを迎えた「許されざる者」とは異なり、この映画はちっとも終わらない。 「すいませんでした。もう勘弁してください」なんて言ってもまるで無駄。 もはや「物語」を味わう余裕などどこにもなく、目の前に起きていく出来事を、引きずられるようになすすべもなく凝視するのみ。
・・・本当に、恐ろしい恐ろしい映画でした。
昔「許されざる者」を見たときに、「こんな恐ろしい映画を何度も見られる人たちの鈍感さが信じられない」なんて思ったりしたもんだけど、「ミスティック・リバー」や「硫黄島からの手紙」を経て、その度合はますます激しくなっている模様。もはや娯楽どころか芸術ですらないのかも。
「かつて『ペイルライダー』に胸躍らせ『スペースカウボーイ』に号泣した者も、今やただ成す術もなくひれ伏すことでしかイーストウッド作品と接することができなくなっている」とは、パンフレットに寄せられた黒沢清の一文。
自分がぶっ壊れちゃうかもしれないのが怖いけど、それでもやっぱりイーストウッドの映画だけは、ちゃんと劇場で見続けなくちゃいけないんだろうなあ。
次は「グラン・トリノ」だ。
関連外部リンク
「チェンジリング」オフィシャルサイト
クリント・イーストウッド関連のtext
アカデミー賞のクリント・イーストウッドクリント・イーストウッドのインタビュー番組「a Perfect World」「トゥルー・クライム」「ミリオンダラー・ベイビー」 〜七夕のハートウォーミング〜「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」 〜悲情から非情へと向う、ただ独りきりの行軍〜「グラン・トリノ」にうってつけの日
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