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「つぐない」~純潔な神が焦がれたほの暗い水の底~

つぐない1

2007年 ジョー・ライト監督

キーラ・ナイトレイは胸がまったく全然ないけれど
キーラ・ナイトレイの背中には素敵なほくろがある
キーラ・ナイトレイのあごはしゃくれているけれど
キーラ・ナイトレイの唇には煙草がよく似合う
そして、キーラ・ナイトレイの見開かれた目のかたちは
艶やかにまくれあがったcuntにとてもよく似ているのだから
男が夜ごとそれを夢に見て、キスしたくなるのも無理はないだろう


古城のような大邸宅の模型が映し出されゆっくりカメラが引いていくと、その邸からは沢山の動物のミニチュアたちがあたかもノアの箱舟を目指しているかのように列をなしている。そして列の先にはひとりの白い服の少女がいて、こちらに背中を向けて一心不乱にタイプライターで文字を打っている。それがこの映画の神ともいうべき語りべ、13歳のブライオニー。
舞台は1935年のイギリス。ある夏の暑い日に、部屋にまぎれ込んだクマバチの羽音の唸りと、少女の打つタイプライターの音がすべての始まりを告げる。
ほどなくして「the end」の文字が打たれるやいなや、少女は紙の束をつかみ部屋を飛び出してまっすぐに廊下をずんずんと歩いて行く。
カメラはそんな少女を追うというよりは、廊下や扉のあちこちで幾重にも待ち構えていて、向ってくる少女の思い詰めた表情を真正面からズーム・インしてみせたり、行ってしまう小さな背中をズーム・アウトしてみたりと、細かいカットバックでとてもあわただしく奇妙な動きをするので、見ている方は映画冒頭からすっかり不安な気持ちにさせられてしまうのだった。


監督は長編第2作目となるイギリスの30代の若手監督、ジョー・ライト。
思えば前作の「プライドと偏見」の冒頭では、朝の散歩から帰って来たヒロインをワンショットで優雅なカメラが追ったものだったが、今作のこのスリリングな幕開けは一体どうしたことだろう。
「the end」と打たれたばかりの少女の処女作でもある戯曲は、誰の関心も得ることができぬまますぐに忘れ去られてしまう。そして心を痛めた少女の張りつめた青い目には、彼女がほのかな恋心を抱いていた使用人の若者ロビーと他ならぬ姉セシーリアとのエロティックなやりとりが飛び込んで来る。一度ならず二度、そして三度・・・。その度にエスカレートしていく猥雑な光景に少女は耐えきれず、その夜起こった事件に積極的に参加することで見事に復讐をとげることとなる。この映画を支配する、小さな神の当然の行いとして。
固く冷たい声で宣告される "I saw him, I saw him with my own eyes"。 その絶対的な審判により、いともたやすく引き裂かれてしまう恋人たち。その後転落して行く男の未来をも見据えるような、少女の氷のような恐ろしい目のクローズ・アップ。

つぐない4

13歳のブライオニーを演じたのはシアーシャ・ローナン。
彼女の青い瞳がなかったならば、この映画は成立しなかったに違いない。


時間を逆行させることも現実を捏造することも容易な恐るべき少女はしかし、いつしか過去の裁きを悔いるようになる。
前途を閉ざされ罰せられた恋人ロビーは失意のまま戦地へと連れ去られ、もうひとりの恋人セシーリアも家を出て傷病兵のナースとなる。彼らの運命をねじ曲げてしまったブライオニーもまた、姉と同じナースへの道を辿る。
色気とは無縁の18歳のブライオニーを演じるのはロモーラ・ガレイ。生真面目な青い瞳や廊下を直角に曲がる様などは、幼い頃そのままである。
病棟での彼女は、頭を撃たれ脳みそが露出したフランス軍の負傷兵にひととき甘い夢を見せたりもするのだが(赤いカーテンの奥から響くつたなくもせつないドビュッシー!)、あの遠い夏の日の自分の仕打ちを忘れることはできぬまま、思春期の心は暗く閉ざされている。
そのため映画も途端に現実味を失い、死と幻想の交錯した少女趣味へと突入して行くこととなってしまう。
激しい戦闘はおろか1人の敵兵すら出て来ない戦場で、なぜか傷つき死んで行く兵士たち。綺麗に並べられたうら若き修道女たちの甘美な死体。そして、中世の絵画のようなダンケルクの浜辺のモブ・シーン。

つぐない3

聖歌を歌う兵士や馬を射殺する兵士たちのおびただしい烏合の衆。たったひとりの少女が創り出した、このあまりにも非現実的な悪夢に感情移入することができぬまま、ジャン・ギャバンとミシェル・モルガンのラブシーンが映し出された巨大なスクリーンの前で衰弱したロビーはついに狂気に至る。不思議なことにスクリーンに彼の影が映ることはなく、逆に彼がスクリーンに照らされている。そう、これはやはりブライオニーの見た夢なのだ。


この恐るべき少女が創り出した世界に翻弄される恋人の片割れのセシーリアを演じたのは、「プライドと偏見」でも主演を張ったキーラ・ナイトレイ。前作以上に妖艶な彼女は水と戯れ、臆すことなく下着に陰毛を透かし、鮮やかな緑の絹のドレスを纏えばなまめかしく光る白い背中で挑発する。

つぐない5

つぐない6


小さな神の怒りを買いさえしなければ、我々は濡れたcuntにも似た彼女の扇情的なまなじりにもっともっと心を奪われていたに違いないのだが、そこは純潔と節度を第一とする清浄なる少女が君臨するイギリス映画。エロスは快楽的な風やおおらかな陽光に遊ぶことを許されるはずもなく、濁った水の底に淫靡に隠れひそむしかないのだろう。
思えば幼い頃のブライオニーが、想いを寄せるロビーの気を引くべく飛び込んだ小川のせせらぎの、なんと清らかだったことか。しかし、彼女は水と戯れる暇もなくあっという間にロビーに助け出されてしまう。対して姉のセシーリアが深く潜っていったプールや噴水や地下鉄の構内になだれ込んだ濁流の水たちは、すべて暗く淀んでいたはずだった。そして罰せられたロビーはといえば、水を与えられることもなく渇きに苦しみながら戦地を彷徨うのだ。


戦後に作家となったブライオニーは、テレビ・インタビューで年老いた姿を晒す。幼い頃からずっと贖罪の念のみを支えに生きて来た彼女の青い瞳には、もはやかつての強い光はない。
ヴァネッサ・レッドグレイヴ演じる老ブライオニーは訥々と、かつて自分が神として姉とその恋人を闇に葬り去ったことを告白する。彼女は最後の力を振り絞り、生涯をかけた「つぐない」を実行してみせる。
そして、映画は白く輝く美しい波の風景とともに終わりを告げることとなる。彼女が辿り着けなかった水の底のエロスへの、嫉妬にも似た深い憧憬の念をこめて。

つぐない2




関連text:
 「プライドと偏見」~くるんくるんと回る世界~

関連外部リンク:
 「つぐない」予告篇
 キーラ・ナイトレイ インタビュー動画(goo映画)


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コメント

最初の7行を読んで、俄然この映画が見たくなりました。

絵がすっごくきれいだね~。
ちょっと暗くて、とっても好き。

Mac調子悪くてレス遅くなってごめん~。
たしかにイギリス映画ってなぜかちょっと暗めで渋い映画が多い気がする。
キーラ・ナイトレイは「つぐない」と同じ監督の「プライドと偏見」で好きになりました。
若い監督なのでちょっとあざとさも見え隠れしますが、それもまた一興。
機会があったらぜひぜひ見てみてくださいませ♪
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