1. 無料アクセス解析
← older ◆ 「映 画」の text 一覧 ◆ newer →

「殺人者たち」~テレビで見ようドン・シーゲル~

殺人者たち5

我らがドン、まだドナルド・シーゲル名義での1964年監督作。


マキノだルノワールだ日活ロマンポルノだドライヤー日本最終上映だ、と熱心な映画ファンを自負する人々が東奔西走しているであろう春の日々。確かに「知る人ぞ知る」というにはあまりに勿体ない、新作映画がかすむほどに魅力的なプログラムが目白押しである。
わけてもジャン・ルノワール!
またこんなにもまとめて見ることができる機会がやってくるなんて!

けれども、例えば「ピクニック」を見たことが無い人には、街のあちこちに晒されたシルヴィア・バタイユの恍惚とした表情もまったく破廉恥に映ることもなく、「親子二代、印象派の系譜」などという通り一遍のわかりやすい文脈に押し固められてしまうだけなのかもしれない。
シルヴィア・バタイユ

なーんて、ばらまかれた宣伝の安易な不道徳さを嘆く暇があるのなら、せっせと映画館に通って、ルノワールの歓喜にまみれるべきなのだとも思いつつ、結局今回は1本も見に行かぬまま、特集も間もなく終わる。「金が無いから」という理由だけでもなさそうなのは、怠惰なのか何なのか。

ドライヤー特集も、明日の生ピアノ伴奏付きの「裁かるるジャンヌ」ぐらいは見に行きたいなあと思っていたけど、なんだかそれほど敬虔な気分でもなく。それにフィルムセンターならともかく、アテネフランセはどうもなんか苦手。
と、結局居間に寝転がりテレビ映画にうつつを抜かす今日この頃。


昨日は昼間にテレビ東京でドン・シーゲルの「突破口!」をやっていた。何気なく見始めたのにもかかわらず、序盤からずっとタイトに進む語り口にもう何度も見ているというのに、トイレに立つきっかけがまるでない。雨の中、遅番で仕事の奥様を車で駅まで送るため、ようやく中座。帰ってきて最後まで見てしまう。しかしウォルター・マッソーにはツナギがよく似合う。
マッソー

左のおっさんがウォルター・マッソー♪


今日は今日とて昨日ちゃんと見れなかった仕返しにと、ずいぶん昔に録画したまま見ていなかった「殺人者たち」を見た。オープニング・テロップにリー・マーヴィン、ジョン・カサベテス、ロナルド・レーガンと立て続けに並ぶ名前にまずぞくぞくさせられて映画が始まる。

冒頭で盲学校に乗り込んだ、リー・マーヴィンとクルー・ギャラガーは、花瓶を倒して床にびたびた垂れる水の音で盲人をビビらせ、まず非情さをアピール。
その後あっと言う間に標的であるカサベテスを見つけ出し、アタッシュケースから取り出したサイレンサー付のピストルで、プスプスプスと手際よく射殺。
クールでプロフェッショナルなヒットマンのこの二人組、絶対出会いたくはないけれど、どこか飄々としていて憎めないところがこの映画の一番の魅力か。
殺人者たち1

サングラスにタイトなスーツと細いネクタイ、手にはアタッシュケースというこの出で立ちは「ブルース・ブラザーズ」「レザボア・ドッグス」「メン・イン・ブラック」といったB級映画に脈々と引き継がれているのは言うまでもない。

物語は、死んだカサベテスの裏に隠された大金を狙う二人の殺し屋の道中と、関係者による回想シーンが組み合わさって小気味いいリズムで進行していくシーゲル節。
とはいえ後年の「突破口!」ほどにはドライでなく、古きフィルム・ノワールの残り香がほんのり漂うハードボイルド。ダンスホールでジャズ・シンガーのナンシー・ウィルソンが甘いバラードを聴かせてくれたりもする。悪女役のアンジー・ディッキンソンはきっちりコケティッシュだし、ギャングのボス役のロナルド・レーガンも下手は下手なりに愛嬌たっぷりで憎めない。
殺人者たち3

アンジー・ディッキンソンとゴーカートを楽しむF1ドライバー役のカサベテス。

しかし、カサベテスとレーガンとマーヴィンがそれぞれを殺し合う映画なんて、今から考えたらなんて豪華なB級映画だろう。しかも監督がシーゲルときた日にゃあ♪
聞けば元々はテレビドラマの企画だったところが、残虐すぎるという理由でR指定の映画になったのだとか。なるほど折しもケネディ暗殺の頃か。

弟子ともいうべきクリント・イーストウッドは、いつしかジョン・フォードをも越えて、軽々しくうかつにテレビでは見れなくなってしまったのだし、きっとこんなことを言うとテレビを蔑視する映画ファンに怒られそうだけど、ドン・シーゲルの映画はテレビがよく似合うと思う。
考えてみれば、テレビの吹き替え映画を見て育った俺らの世代は、美しくはない70年代独特の荒れたカラーのテレビ映画が染み付いているのだろうし、どこを切っても面白いドン・シーゲルなんかは、気張らずにテレビで見るにはやっぱりうってつけなのかもしれないなあ、などと不遜なことを考えてみたり。

そういや、ハワード・ホークスの助監督をしていたドン・シーゲルの助監督を サム・ペキンパーがやっていたということなんかを最近知ったけど 、職人気質の小気味いい低予算映画の系譜は、現在どうなっているのかな。 まさかタランティーノなわけもなし、コーエン兄弟の器でもなし。 まあそうした映画史なんぞはどうでもいいか。
やっぱり俺はごろりと床に寝そべって、トイレに立つきっかけを失ったまま、ドン・シーゲルの映画をテレビで見るのが性に合っているらしいのだからw

なにしろとにかく「殺人者たち」はリー・マーヴィンがよかった。
1964年ということで幾分若く見えるものの、やっぱしどこまでもシブイおっさん。
ラストシーンのマーヴィンは愁眉!
殺人者たち4


The Killers Trailer(YouTube)

「藤純子引退記念映画 関東緋桜一家」

関東緋桜一家

1972年 マキノ雅弘監督

だいぶ桜も咲いてきた。
キノメドキらしく、中々に情緒不安定な俺などおかまいなく
ベランダから見える桜も日ごとバカみたいに花開く今日この頃。

最近は、都心へでかける=フィルムセンターにマキノ映画を見に行くこと
だったけれど、1月から続いていた特集上映も3月いっぱいで終わり。
今日は「藤純子引退記念映画 関東緋桜一家」を見に出かけた。

この映画は今日で3度目の上映だし、金曜の午後1時からだし、と
のんびり12時半前ぐらいに着くように出かけたらば、アニハカランヤ長蛇の列。
昨日、みのもんたのクイズ番組に出ていた富司純子が
筋書き通りかはシランが見事1000万円を獲得した影響なのか?
いつもの待ち合い長椅子には座れず立って並んで入場を待つ。

後ろに並んでいた老夫婦が
「混んでるねえ。この人達は藤さんのファンなのかな。監督さんのファンかな」
と言っていたけど、なるほどその両方だから混んで当然なのかな。
とはいえ、結局いつもの席に座れて一安心。
ロビーでコンビニのサンドウィッチを食べて、だいぶ遅い朝食をすます。

「藤純子引退記念映画 関東緋桜一家」というタイトル通り
藤純子がほぼ出ずっぱりの、目からヨダレもんの映画かと思いきや
中盤ぐらいから片岡千恵蔵や高倉健、鶴田浩二、菅原文太らの
俺も俺もとばかりのクローズアップ。
当時の東映の社長に「スターは全員アップで撮れ」と言われたそうな・・・
「せっかくの純子の引退記念の映画なのに薄っぺらいものになってしまった」
と、後に自伝で語るマキノ監督。
でもまあ集大成っちゅーか、なにしろテンコモリ。

他に若山富三郎や藤山寛美なんかも出ていて、正にオールスター映画のオモムキ。
無論マキノ組の長門裕之や南田洋子、水島道太郎も花を添える。
ちょい役で出ていた山城新伍が、なんだか出川哲朗みたいだったなあ。

藤純子はと言えば、もうだいぶほお骨が目立つとはいうものの
日本舞踊から花札、立ち回りまで、きっちりお腹いっぱいにさせてくれた。

1972年のマキノ監督の最後となるこの映画で、藤純子は引退し
仁侠映画は終わりを迎え、以後は「仁義なきシリーズ」などの実録ヤクザものや
日活ロマンポルノが台頭する時代となるのだそうだ。
藤純子の引退にちなんで、池袋のデパートでは「藤純子展」が催されたとか。

藤純子が好きとか言っておきながら、彼女の代表作とも言える
「緋牡丹博徒シリーズ」は見たことが無い。
今日の映画もよかったんだけど、やっぱり俺にとっての藤純子は
「日本侠客伝」に出ていた初々しい頃がベストなのかもなー、と思った。

映画が終わって午後3時半過ぎ。薄曇りの外は結構冷たい風。
東京駅まで歩いて中央線で新宿へ。
市ヶ谷のお堀釣り堀あたりの桜は七分咲き。



関連text:
 「次郎長遊侠伝 秋葉の火祭り&天城鴉」
 「丹下左膳 乾雲の巻・坤竜の巻・昇竜の巻」
 マキノ雅広生誕百年目
 春雨春分「花と龍」

関連外部リンク:
 フィルムセンター-上映会情報


春雨春分「花と龍」

2008ハナダイコン

温泉に行ってみたり一日中テレビでいろんなボンドの007を見てみたり
喫茶店の開店祝いを探しに出かけたり油まみれだった薬缶を磨いたりと
相も変わらぬ日々をのうのうと暮らす。
毎日見ている「ちりとてちん」ももうすぐ終わってしまうなあ。

厳しくなって来た花粉も、家に籠っていればそれほどでもなく
くずかごはものすごい勢いで鼻水テッシュに埋め尽くされるけど
体の穴という穴がかゆくて死にそうだったおととしに比べれば、はるかにまし。

ベランダから見える桜の蕾もだいぶほころんできた。
植木鉢のハナダイコンもいつの間にか咲いている。

花と龍久しぶりに都心へでかけた今日は雨降り。
それでもフィルムセンターは結構な混雑。
5時からの上映は「日本侠客伝 花と龍」で、その後山根貞男とマキノ佐代子(長女)のトークショー付きだから当然か。3時半に着いてずっと本を読んで待っていたら首が凝った。

高倉健を売り出すために始まった「日本侠客伝」シリーズの第9作目。玉金(高倉健)とおまん(星由里子)が夫婦になって組を持つまでの話。気丈なおまん役の星由里子のはじらう恋模様、よかったなー。壷振りお京に藤純子。清純少女の頃しか見たこと無かったけど、1969年のこの映画では画面に映るだけで妖艶無比。ぞわわと鳥肌が立つ。


上映後のトークショーも至福。
「家庭での父としてのマキノ監督は」というテーマからはじまって
いつしか暴きだされた、映画が空気のようなマキノ一家。
ほんとに山根貞男は核心を引き出すのがうまい。
でも、これからどんどん面白くなる、というところでタイムリミット。
客席のマキノ夫人と次女の加代子さんや、澤井信一郎監督も紹介された。
10年前のフィルムセンターでのジャン・ルノワール映画祭の時の
フランソワーズ・アルヌールの舞台挨拶で感じた、
同じ空間に居られる喜び再び。
映画的な幸福って、なんて説明すればいいのだろうか。

家に帰って録画しておいた世界フィギュアを見る。
キム・ヨナ不調で残念だけどやっぱり可憐。
コストナーは見るたびに良くなって行く気がする。

ネットを見ていたら佐藤真監督が、昨年秋に飛び降り自殺をしたと知り
かなり衝撃を受ける。躁鬱病を煩っていたそうだ。
昔映画に感動したことを手紙に書いたら、ご丁寧な返事を頂いて驚いた。
大島渚が小川紳介の田んぼを尋ねるドキュメンタリー映画の上映会を
ご案内してもらい、上映後にいろいろお話を伺ったことなどを思い出す。
あの手紙、どこにしまってあるんだろう。

厚かましくも逞しい、健全な人々の悪意無きワガモノガオの振る舞いに
傷つけられることを怖れ遠ざけ、ひとりぬくぬく安穏を貪る虚弱ぶりっ子も
いい加減、大概にせえっちゅー話か。

気がつけば午前四時。眠いわけだ。



関連text:
 「次郎長遊侠伝 秋葉の火祭り&天城鴉」
 「丹下左膳 乾雲の巻・坤竜の巻・昇竜の巻」
 マキノ雅広生誕百年目
 「藤純子引退記念映画 関東緋桜一家」

関連外部リンク:
 フィルムセンター-上映会情報


「ホリデイ」

ホリデイ
2007年 ナンシー・メイヤーズ監督

軽いタッチのラブコメなれど、映画への愛を感じた佳作。
フランク・キャプラの映画を見るような幸福感、
というのはちょっと言い過ぎかw

しょっぱなから「私は悲しくても泣けない」と
最後に大泣きすることを観客に予告しちゃうキャメロン。
大風呂敷ひろげてどうなるのかなーと思いきや、
まあ悪くなかった。

ゴールディ・ホーン→メグ・ライアンの系譜を引き継ぐ
コメディエンヌ・ブロンドとしてはちとシワが多いけど
キャメロン・ディアス、やっぱ嫌いじゃないんだよなあw

ちなみに監督のナンシー・メイヤーズは、その昔、ゴールディ・ホーン主演の
「プライベート・ベンジャミン」のプロデュースと脚本を手がけていたりもします。

系譜ってことで言えば、ジャック・ブラックってのは
ジョン・ベルーシ→ビル・マーレイの流れかも。
まあ、ジョン・ベルーシのキレ具合には
誰も敵うわけがないんだけど・・・。

予告篇編集会社を営むキャメロンの心理描写が
全部予告篇タッチの渋いナレーション付きなのに笑った。

それにしてもジュード・ロウっていい男だなー。

「プライドと偏見」~くるんくるんと回る世界~

プライドと偏見1


2005年 ジョー・ライト監督

お固いタイトルのせいでなんとなく見ていなかった映画。
そうか「高慢と偏見」っていうブンガクの映画化なんだ、と気づいたのは見終わった後。

「赤毛のアン」とか「若草物語」とか、どうもこの手の文学作品は興味が持てない。なんにも知らないまま見始めて、少し昔の田舎の一家の少女たちの物語だとわかった始めのうち、ちょっと引いたりもした。

でも日の出から始まる映画のファーストシーン。
ヒロインらしき少女を追い続けるカメラは少女の周りの世界を写しながら動き続け、少女と別れて家の中に入り込んで進み、奥の扉から家を出ると再びまた少女と合流する。

お前は一体誰目線なんじゃ、と問う暇もなく田舎町で催された舞踏会のシーンでも、いろんな人を追ってカメラは動き続けて気まぐれに別の人を追ってみたり戻ったり。
そして始まる素朴でにぎやかなフォークダンスパーティ。
いろんな感情いろんな思惑が渦を巻きながら、カメラが、人々が、くるんくるんと回って踊る。

プライドと偏見2


二度目の舞踏会のシーンに及んでは、少女趣味ちっくなブンガクだとかなんだとかそんなことはもうどうでもよくなっていて、すっかりこの世界に魅了されて溶け込んでいることに気づく。
再び始まるダンスパーティ。踊りながら回りながら交わされる片言の言葉と言葉。なんて優雅なカメラワーク。

庭先に吊るしたブランコのロープをねじり、くるんくるんと回り続けるヒロイン。
彼女の視線でゆっくりと、くるんくるんと回る世界。
こんなスローモーションは見たことが無かったかも。
ヒロイン役のキーラ・ナイトレイの強い眼差しが見つめる世界。
それから、恋に堕ちた彼女が見つめる裸身彫刻の色っぽいことw

この映画が長編デビューだというジョー・ライト監督。
下手すりゃ陳腐になりがちな愛憎悲喜こもごもを、なんと気品に満ちた光と風の映画に仕上げたものか。 シンプルなピアノ曲のBGMもマッチしてて素敵。

「プライドと偏見」とか「高慢と偏見」とかどっちにしてもなんともひどい直訳だ。
でもこれは映画のせいって言うよりは、その名で慣れ親しまれてしまったブンガクのせいなのかもな。


関連text:
 「つぐない」~純潔な神が焦がれたほの暗い水の底~


マキノ雅広生誕百年目

マキノ雅広写真

今日はいつもの年にはない1日余分な日。
マキノ雅広生誕100年の日~ヽ(・∀・)ノ

そんなわけで午前11時に家を出て、
奥様と連れ立ってフィルムセンターへ。
心なしか今までより混雑している開場前の待合所は
やっぱり老人が大半。
「病院の待合室みたい」と奥様ぽつり。

午後1時からの演目は、藤山寛美主演の「色ごと師春団治」。
女たらしの上方落語家、桂春団治のものがたり。1965年、東映。
手をつけられて押し掛け女房になる南田洋子、
春団治に孕まされて家に転がり込んで来る藤純子、
家をほったらかしにして春団治が入り浸る後家に丘さとみ。
三者三様の女心がせつないー。
「てゆーか、ありえないし!」と思いつつも、いやあ面白かった。
丘さとみ、初めてちゃんと見た。すげー艶っぽくてちょっと惚れた。
南田洋子はやっぱ可憐で素敵。藤純子はほんと可愛いすぎ。
なんせ俺的にはリリアン・ギッシュか藤純子かってなぐらいだし・・・
あとは春団治の弟子の役で「ちりとてちん」の落語監修をやっている
林家染丸が出ていた。当たり前だがめちゃめちゃ若かった。

見終わって次の回の順番待ちの席を取ってから軽く食事。
フィルムセンターに戻ると今までで一番の行列。
今日は人情もの特集なのでおばちゃんも結構多い様子。
次の演目は「蝶々・雄二の夫婦善哉」。1965年、東映。
ミヤコ蝶々原案の、これまた女癖の悪い亭主に悩まされる女房の物語。
実際に浮気が原因で蝶々と別れた南都雄二が女好きのダメダメ亭主を好演。
浮気相手には「春団治」の時よりもうちょっと太った丘さとみ。
愛想を尽かした元旦那を心配して援助する古女房ってのも「春団治」と同じ。
「殺陣師段平」もそうだけど、マキノ映画によく出て来る
女としてのいじらしさと母のような慈愛に満ちた、(都合)よくできすぎの女房達。
でもマキノ監督の手にかかると、女房泣かせのゴクツブシ亭主はちっとも憎めず
あたたかい人情喜劇になっちゃうから不思議。

この映画にも藤山寛美を始めとして
藤田まことや、中田大丸、ラケット、白木一郎、かしまし娘などなど、
名前を見ても俺にはどれがどの人かわからん関西芸人が沢山出てくるんだけど、
その中でも、蝶々にプロポーズするお大尽役の柳家金語楼がおかしすぎ。
ただ蝶々にお酌してもらってるだけで、特になんにもしてないのに
存在自体がおかしいっちゅうか、場内は大爆笑。いいもん見たー♪



関連text:
 「次郎長遊侠伝 秋葉の火祭り&天城鴉」
 「丹下左膳 乾雲の巻・坤竜の巻・昇竜の巻」
 「藤純子引退記念映画 関東緋桜一家」
 春雨春分「花と龍」

関連外部リンク:
 フィルムセンター-上映会情報


「模倣犯」

模倣犯
2002年 森田芳光監督

1980年代に、ビニールのような質感の人物が登場する「新感覚」の映画を撮って話題となった森田芳光監督。彼のファンであるという「模倣犯」の原作者、宮部みゆきの監督指名によって完成した今作は、結果宮部を絶句させたそうな。

「デジタル」という言葉にいまだに「未来」を感じているらしい森田監督は「原作の読後感をフリーズドライした」と語る。
おそらくは確信犯ではないだろう、大真面目なはっちゃけぶりはある意味必見。この薄っぺらさこそが森田監督の映画なのだとしても、80年代の気取った作品なんかよりは絶対面白い。
黒沢清もびっくりの真性チープここにあり(爆
だからこそ、主演の中居正広は森田映画にとても似合う。
ラストの「黒ひげ危機一髪」から目を離す事なかれ!

あ、もしかして「デス・ノート」ってこの映画の模倣犯とか?
なら、夜神月はやっぱり中居が演じるべきだったよねーw

そして「模倣犯」を見終わって呆然としたあとは
↓ この文章を読んで「ぎゃふん」と言ってあげましょう♪

「いまの時代のランダムさ、映像が“線”的にきてるわけじゃなくて“点”的にきている状況を、どうやって映画の中で感情移入の流れとして見せられるか。1万メートルのスピードでマラソンを走るようなことをやってみたい。自分もベテランの域に達したんで、“すげーオヤジがいるな”と、、若いひとをぎゃふんと言わせますよ(笑)。デジタル撮影も含め、僕自身が“これから”を楽しみにしてるんです」(森田芳光監督談)

森田監督には、是非このまま “すげー勘違いオヤジ” として
どこまでも突っ走っていってもらいたいところだけど、
最新作の「椿三十郎」は一体どんなことになってるんだろう。。


関連text:「理由」 または「映像の魔術師」大林宣彦について

「バベル」

バベル

2007年 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督

昨年のアカデミー賞での作品紹介の映像で、その空気感がちょっと気になっていた映画。
びっと気合いを入れて見始めて、2時間15分後。
期待はずれに終わらなくてよかったんだけど、 なんかもやもやした気分が残るのはなぜ?
なにしろ象徴や隠喩で、なんらかの啓蒙をモクロむ手合の映画は嫌い。
そのせいで映画の中の「現実」が死んでしまう。
でも「バベル」は見るものに「現実」についての考察を要求しながらも
映画の中の「現実」はしっかり生きていたような気がしている不思議。
見終わった後のもやもやは、そういうことなのかもしれない。

モロッコの兄弟が体で感じた、砂まじりの山風や
アメリカの子供が見た、鶏の首から噴き出す温かい血や
灼熱の荒地をさまよう、メキシコの老婆の喉の渇きや
日本の聾唖の少女が見た、音の無いクラブの光の幻惑や。
世界に溢れる凶暴なほどになまなましい光と闇。
たぶんきっと、それだけでいいのに。
余計な「意味」なんか何もいらない。

日本の聾唖の団体からは「聾唖者のイメージが悪くなる」と、
抗議の文書が送られたそうだ。
wowowの放映で見たので、菊地凛子演じるチエコが晒した
「化物」は黒く塗りつぶされて見ることができなかった。
そんな「現実」もひっくるめて、そのうちまた見直したい。

「丹下左膳 乾雲の巻・坤竜の巻・昇竜の巻」

マキノ雅弘監督 1956年 日活

フィルムセンターにて2008年1月から開催されている
「生誕百年 映画監督マキノ雅広」。
プログラム前半の最終日、「丹下左膳」の3本立てを見にでかけた。
生誕百年マキノ雅広


開映3分前に滑り込みで入場。あぶなかったー。
なんせここは開映後の入場はお断り。
客席はほぼ満席で座れないかと思ったら
ど真ん中の席が1席空いていてラッキーだった。

開映までのちょっとの間に場内アナウンス。
「本日は東京国際マラソンによる各交通機関の遅延を見込み、
 開映後の入場がございますことをあらかじめご了承くださいませ」
ふーん。そうなのね。。でもとにかく間に合ったからイイノダ。

「丹下左膳 乾雲の巻」1956年、日活。

主君の密命を受けて名刀乾雲、坤竜の二刀を奪おうとする左膳とそれを取り巻く人々の物語。冒頭で左膳は道場破りをして乾雲の一刀を奪うが、坤竜は殺された道場主の娘弥生の手に残る。離れれば互いを呼び合って哭くという伝説を持つこの刀。ウルトラQのような異様な効果音とともに、月夜に冴え光る乾雲。
この抜身に魅せられた左膳。「乾雲ヨ、泣クナ!」と、夜な夜な辻斬りをしては刀に血を吸わせている。市中を騒がす左膳を捕らえようとする大岡越前守。男装させた弥生に坤竜を持たせて夜道を歩かせ、妖刀に狂った左膳をおびき出そうとする・・・ってなオハナシ。

言わずとしれた林不忘原作の丹下左膳。
左膳役と言えば大河内伝次郎なんだろうけど、今日の左膳はマキノ映画のバイプレイヤー、水島道太郎。左利きだってことで左膳役に抜擢されたそうだ。
「シェイはタンギェ、ナはシャジェン」という大河内訛に慣れているせいか、水島左膳はなんかフツーすぎて違和感かんじまくりだったけど、口に咥えた鞘に、左手一本で「しゅたん」と刀を納める仕草なんぞはさすがにカッコイイ。
水島左膳水島左膳2


左膳に親を殺された道場の娘、弥生役の南田洋子がめちゃカワイイ。なぜか男装をして若武者姿になって左膳と立ち向かう姿も清楚可憐。それから、左膳に惚れてる櫛巻お藤役の月丘夢路の仇っぽいこと。そのいなせな立ち姿なんぞは、そのまま浮世絵になりそうだ。
お藤の周りをうろちょろしてる遊び人、鼓の与吉役のフランキー堺は後年の「幕末太陽伝」の居残り佐平次のキャラそのままに、「へらへらへったらへらへらへ~♪」と口ずさんでは悪だくみをする。

久しぶりのフィルムセンターの座席はとても座り心地がいい。あまりの心地よさと暖かい場内と寝不足のせいで、ついついうとうとしてしまう不覚。気がつけば老人の多い客席のあちこちから高イビキが聞こえて来る。そんな観客に構うことなく、御用提灯に取り囲まれた左膳の窮地で「乾雲の巻」の終わり。
はじめにも書いたけど、今日は丹下左膳デー。
このあと続編の「坤竜の巻」と完結編の「昇竜の巻」が続くのだ。

でも午後2時からの「坤竜の巻」上映まで、1時間半くらい待つわけか・・・
1階に降りて、受付で「次の上映の整理券とかは発行されるんですか?」と聞くと
「そこの椅子に順番に座っていただき次の上映を待っていただきます。
 今日の映画はそれほど混まないと思いますので、
 次の上映の30分前に来ていただければ充分座れると思いますよ」とのこと。
見ると昔喫茶店だった場所に病院の待合室のような長椅子が置いてあって、早くも次の上映を待つ人々が座っている。女の子はほとんどいない。なんにせよ、とりあえず昼飯を食わなくては。

コンビニのおにぎりでは悲しいけれど、独りだしそれほど豪華な昼食をとる気分でもなく。中央通り沿いのはなまるうどんに入るが、東京国際マラソンの見物客で長蛇の列。ヘキエキして一度は店を出たものの、他にあてもなくすぐに舞い戻る。
かま玉うどんにちくわの天ぷらをトッピングして500円。味はまあそこそこだけど、こういう店が近くにあってよかった。
午後1時すぎにフィルムセンターに戻ると、警備員の人に「あそこに座ってお待ちください」と誘導される。螺旋状に順番に座る長椅子のほぼ最後の方でしばらく待っていたら、「お待たせしました」と声がかかり階段下ロビーに整列させられた。やはり年輩のおじさんが多くてなんとなくもの悲しい雰囲気の集団。入場してさっきと同じくらいの場所に席を取る。

「丹下左膳 坤竜の巻」1956年、日活。
弥生から坤竜を託された師範代の栄三郎と左膳が遂に出会い、切合いになるまでの話。メインストーリーよりも、栄三郎に思いを寄せる弥生、弥生の思いを知りつつも遊び人の与吉の妹で茶屋娘のお艶を妻とする栄三郎、お艶に惚れているスケベ旗本の源十郎、弥生に一目惚れした丹下左膳、それを妬く櫛巻お藤のいじらしい強がり、などなどの人間模様が面白い。水島左膳にもだんだん慣れて来たかな。昼下がりの場内には相変わらずの高いびきが鳴り響く。しかし左膳はどんなに追っ手に取り囲まれても絶対にやられないやられるわけがない、というかんじw

見終わって1階に降りて、今度は順番待ちの長椅子の中ほどに席を取って休憩。
さっき はなまるうどん でずるずるうどんをすすっていた手押し車のおじいさんが、「なんか短かったなあ。ちょっとうつらうつらして気がついたら終わってるんだもの。なんか短かったなあ。あっという間に終わっちゃって全然見れなかったよ」と同年輩の人に語りかけている。
元々「乾雲の巻」「坤竜の巻」の二部作だったものを急遽三部作にしたせいなのか、確かに「坤竜の巻」は1時間くらいであっという間に終わってしまったのだった。

次の上映は午後5時からなので、二時間弱の待ち時間。本でも持ってくれば良かったなあ、と長椅子を見ると、ほとんどの席は荷物を置いて場所取りだけしてみんなどこかで時間を潰しているみたい。なるほど、さすがは日本国。まあ荷物と言っても映画のチラシが置いてあるだけだったりするのだが、どうやらそれも許される様子。先人に習い貴重品を抜いた鞄を置いて外に出て、銀座方面などをうろうろする。でも特に行きたいところもなく、結局フィルムセンターに戻って1時間ほどぼーっとしていたらば午後4時半。「順番にお並びください」という警備員の合図で、まだ戻って来ていない人の場所取りの荷物を眺めつつぞろぞろとロビーに整列する。

僕のすぐ後ろに座っていた足の悪い間の悪いおじさんは、ちょうどトイレに行っていて整列に遅れてしまった。席に戻って来て焦っている様子。
「エレベーターをご使用の方は前に出てください」と言う警備員。
出遅れたおじさんが並んでいる僕に近寄ってきて「エレベーターで行くのでお願いね」と言う。「?・・・ああ、どうも。。」と曖昧な返事をしたものの、「お願いね」ってどういうことだろう。先に入って席を取っておいてってことなのかな。どうすりゃいいんだ。
列に従い階段をのぼって行ったら、チケット売場の前におじさんが座って待っていた。なるほどねー、と納得して列に入れる。入場すると今回もまたど真ん中の席に座れた。

「丹下左膳 昇竜の巻」1956年、日活。
さっき見た「坤竜の巻」が短すぎてあんまり見所がなかった分、完結編の本作は面白かった。
逃亡する左膳に寄り添いながら、短筒ピストルを撃って戦う櫛巻お藤がめちゃカッコイイ。
「乾雲の巻」で違和感を感じていた水島左膳も、今作では鬼気迫る演技。「南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経」と数珠を振って、十手軍団を威圧しながら自分を裏切った主君との決着をつけに行く阿修羅の如き左膳。捕り方に命じて道を開けさせる馬上の大岡越前守。いやー朝から頑張って見た甲斐があった。身を乗り出してクライマックスを見届ける。

待ち時間の方が長かったとは言え、一通り全部見てやっぱりよかった。
見終わって場内を見まわすと、映画学校に通っていそうな若者がちらほらいて、目を赤くしていた。チケット売場では「初めて来たんだけど今日の丹下左膳は面白かった。これからも来たいんだけど、どれがお勧めか教えてくれないですか?」と受付のお姉さんに向って熱心に話しかけてるおじさんがいた。
フィルムセンターという国立機関は、往年の映画を懐かしむ年寄と映画を学ぶ熱心な若者のために開かれているのかもなあ、と思う。
それにしても1本500円は安いよねー。
図録を売ってなかったのは残念だったけど。

今日一日、ずっとマキノ映画の艶っぽい女の仕草に目を慣らされたせいなのか、家に帰って晩飯を食いながらNHK大河ドラマの「篤姫」を見ていたら、宮崎あおいをはじめ、出て来る女の人がみんなカチコチの人形みたいだった。
やっぱりマキノの「普通」ってのはすごいんだなーと再認識。

このマキノ特集は3月末までやっているのだが、
さて、今度は何を見に来ようかな。



関連text:
 「次郎長遊侠伝 秋葉の火祭り&天城鴉」
 マキノ雅広生誕百年目
 「藤純子引退記念映画 関東緋桜一家」
 春雨春分「花と龍」

関連外部リンク:
 フィルムセンター-上映会情報


「次郎長遊侠伝 秋葉の火祭り&天城鴉」

昨夜降った雪が着々と融けて行く昼さがりに
先日録画したマキノを見る。
2本とも1955年に日活でマキノ雅弘が監督したモノクロ映画。

マキノ監督の次郎長ものは沢山ありすぎて
どれがどれと繋がってるんだかよくわからないんだけど、
前に見たことがある「次郎長三国志シリーズ」は
どうやら今日の映画とは直接は関係ないみたい。

なにしろ生涯に260本あまりもの映画を撮ったこの監督。
ピークのときは年に40本撮っていたそうだ。
自作を何度もリメイク(本人いわくリピート)してたりもするし
次郎長ものだけでも戦前と戦後で一体何本撮ってるんだろう。
それらを並べて見比べて分析して、なんてことはやりたくもないし
素直に目の前のものを味わうことにした。

いやーひさしぶりに古い映画見るなー、なんて思いながら見始めたら
まだ百姓の頃の森の石松がいきなり唄い始めて野中のミュージカル♪
この石松(森繁)唄ってるときだけはひどいドモりが治るんだよねw
と、すぽんと映画の中に入りこんでくこの気持ちよさ。

石松含む百姓集団、がさつで陽気な山伏軍団、まだ一匹狼の次郎長、
その他もろもろの人々が、秋葉権現の火祭り目指してわらわらと
やかましゅう言うてやって参ります。 その道中の陽気なこと~w
あー、、なんて至福の時空間!!
あんまり幸せすぎておもろすぎて序盤から早くも泣けてきたー。

そして浜松秋葉に待ち構えるは悪の手先黒駒一家。チョンチョン~!
何本かの魅力的な支流が渦巻いて合わさって、
怒濤となってクライマックスへと流れ込む。
いやーーーおもろいっ!!!
次郎長カッコイイー!
ヒロインのおみよにも惚れたー!
石松も法印坊もみんなサイコー!

と、勢いに乗って続編の「次郎長遊侠伝 天城鴉」も続けて見る。
秋葉の火祭りほどのテンションはないにしろ、
こっちはこっちでしっとりといい感じ。

どっちの映画もきっと、とりたてて大傑作!ってわけじゃないのだ。
ただ「普通におもろい」のレベルがめっちゃ高いってかんじ。
マキノ映画の魅力って、なんだろうな。
絶対に破綻しない盤石の映画手腕で、常に型から逃げ続け
ひらりひらりと舞って唄って遊ぶイキ、とでも言うか。

ヒロインは両作ともに北原三枝。いい眼してるんだよねー、これが。
石原裕次郎はこの映画を見て、彼女に惚れて結婚したというマキノ談。
なにしろマキノ映画。女優の立ち居振る舞いが色っぽいのなんの。
大好きな京マチ子も藤純子も、マキノ雅弘なくしてはあり得ないのだ。
わーん、やっぱりフィルムセンターの生誕百年祭にも行かなくっちゃ。。。

と喜び覚めやらぬまま、うちのあるマキノに関する本ひっぱりだして眺めだす。 中でも一番好きな本は「マキノ雅裕女優志・情」という本。
マキノの本 情

自身が育てた、または関わった女優たちの中から45人をピックアップして、女優別にそれぞれのエピソードを語るというもの。 評論家による小難しい理屈なんかはひとつもないし、写真(というかスチールのよう)もいっぱいで嬉しいんだよね。

フィルムセンターの上映スケジュール眺めてどれを見に行くか考えたりする。 でもせっかくのマキノなのに映画オタクとかで混雑してたらいやだなあ。
とネットで混雑状況を調べてみたら、そんなには混んでないみたいだけど、往年のスターのファンのおばちゃんたちが上映中もべちゃくちゃうるさいらしい。庶民がごったがえす祝祭的なマキノ雅広の映画にふさわしい客層、というべきなのかもしれないが隣になるのはゴメンコウムルw

したり顔の映画オタクも相変わらずご健在のようで
「しまった、今日は蓮實御大と、黒沢清と、セルジュ・トゥビアナによる、ジャン・ルノワールのシンポじゃないか!今日はやけに人が少ないなと思っていたが、まさか客層の多くはそっちに流れたか?(さすがに『浪人街』はほぼ満員だったが) あまりのショックで立ち直れなくなる 」
なんていうブログを読んでしまったら、かなーり行く気が萎えてしまう。
しゃべくりおばちゃん軍団のが100倍マシだ。
そのまま夕日に融けてなくなってしまえばいいのに・・・

ハスミの弊害、いまだとどまることをしらず。
しかし!それでもやっぱり藤純子はスクリーンで見たいっ!



関連text:
 「丹下左膳 乾雲の巻・坤竜の巻・昇竜の巻」
  マキノ雅広生誕百年目
 「藤純子引退記念映画 関東緋桜一家」
  春雨春分「花と龍」

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。